私は日々診療を生業とする内科医ですが、かつて肥満外来で患者さんからお叱りを受けたことがありました。
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私「毎食事には、もう一口ずつ食べる量を減らしてくださいね」
Aさん(BMI37.2)「そんなに食べてません、他の人より少ないくらいです(怒)」
私「・・・」
Aさん「私は水を飲んでもふとる質です」
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私「Bさんには食欲抑制薬を処方しましょう」
Bさん(BMI42.4)「食欲が少なく食べてないから、その薬は必要ありません(怒)」
私「・・・」
Bさん「私、空気を吸ってもふとるんです」
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そんなとき私は次のようなことを口走ってしまう不徳な人間で、反省しきりの日々をおくっていました。
「ひまわりのような植物じゃないですから、水と空気と太陽光だけで成長しないでしょう」
私達はどれくらいのエネルギー(摂取カロリー)を1日に摂っている、あるいはまた必要としているのでしょうか?
厚生労働省の発表した資料をもとに考察してみましょう。
「国民健康・栄養調査(2019年)」では、エネルギー摂取量は男性:30ー49歳 およそ2100kcal 女性:30-49歳 およそ1700kcalです。
一方、「日本人の食事摂取基準(2020年)」ではそれぞれ、2700kcalと2050kcalとされています。
このふたつの資料の違いをごく簡単に説明すると、
「国民健康・栄養調査」:人が食べた物の「自己申告」からカロリーを算出したデータ
「日本人の食事摂取基準」:人が食べたカロリーを科学的な研究に基づいて算出したデータ
前者は「食事記録法」といって食べたものの種類と量を記録する方法。
当然、記録漏れや過小評価が発生するでしょう。
一方後者は、二重標識水という特別な水を用いて行われた研究から算出されたもの。
誤差は含まれるもののかなり正確で、国民の健康の維持・増進、生活習慣病の予防に用いられています。
国が公表している資料において、自己申告と実際とで食事摂取量は男性で600kcal、女性で350kcalもの食い違いがあるわけです。
こんな経験をしたことがないでしょうか?
ショッピングに行ったら、いつの間にか財布が空になっていた。
あるいは、クレジット払いにしていたら月末の利用明細書を見てびっくりした。
「私はそんなに買っていないのに・・・」
前述の「食事記録法」もこのショッピングに行ったときと同様でしょう。
食べたものの大きさや量に対する見積もりの誤り、食べたものを忘れたり記録しなかったりということが「食事記録」や「私はそんなに食べていません」という言葉になって表れているのだと理解できます。
アメリカのファーストフード店で行われた研究では、食事を終わったばかりの人に、自分が食べたもののカロリーを推定し申告してもらいました(下図)。
実際に注文して食べたメニューのカロリーに対して、本人が自覚して申告するカロリーには差があり、多くの人が30%程(食べたものを忘れて?誤認して?)過少申告しています。
どんな人がどんな物を食べたのに忘れるのでしょうか?
日本人を対象とした同様の研究でも、食べたものを過少申告するという結果が得られました(Okubo H、 et al. Public Health Nutr. 2006;9:651)。
この研究の注目すべき点は、
1.女性のほうが過少申告
2.太っている人ほど過少申告
という結果です。
また、フィンランドでは、ケーキやビスケットなどのデザートや間食系の食べ物の量は半分ほどに過少申告されたという研究が報告されています(Karvetti RL, et al.J Am Diet Assoc 1985;85:1437)。
ではなぜ人は食べたものを過少申告してしまうのでしょうか?
おそらく誰もが持っている確証バイアスという心理現象によるものでしょう。
確証バイアス:自分の願望や信念を裏付ける情報を重視・選択し、これに反証する情報を軽視・排除する心的傾向。(デジタル大辞泉)
ということは、女性の方が(少なくとも食べ物に関しては)確証バイアスが強い?
本日も肥満外来に患者さんが来院されました。
Cさん(BMI32.8)「結婚後7年で20kg太ってしまいました。でも食べる量は全然変わっていないんです」
私「・・・」
アメリカ、フィンランド、日本、そしてその他多くの国々で、食べたものを忘れてしまうことの研究が行われ、その成果が論文となって報告されている確証バイアスを学習した私は、もう患者さんに「ひまわり」の話はしません。
ただ次に続く言葉を模索し続ける今日このごろです。