前回、睡眠不足で食欲が増えることについてお話しました。
「でも、眠くならないから仕方がない」
外来で患者さんはよくこのように言われます。
主婦Aさんはコロナ禍で体重が12kg増加して受診されました。
Aさんの就寝時刻は午前1時、起床は6時30分です。
朝食などを済ませ、お子さんを保育園に送り出した後、10時から30分ほどウオーキングに出かける日課を過ごしています。
やはりAさんも午前1時ごろにならないと寝付けないとのことです。
この生活のどこに改善点があるのでしょうか?
注目する点は、ウオーキングの時刻です。
Aさんは朝起きてカーテンを閉めたまま10時に外に出るまで室内で過ごしていました。
このため朝10時からちょうど15時間後の午前1時に眠たくなったのです。
なぜ15時間後なのでしょうか?
その理由はメラトニンという睡眠誘導ホルモンが太陽光を浴びてから15時間ほどすると分泌されるからです。
できればウォーキングや散歩するのが望ましいのですが、できなければベランダに出る、カーテンを開けて窓の近くに立つなどして太陽光を浴びましょう。
この方法はぐっすり眠れなくなった高齢者にも有効な方法です。
高齢者の睡眠障害の原因には、加齢によるメラトニン分泌低下があげられます。
その治療のひとつに高照度光療法が知られています。
これは特別な装置、高照度光療法器具を用いて、まず2500ルクス以上の強い光を照射する方法です。
しかしそこまでしなくても、サングラスをかけないで太陽光のもとで過ごす時間を確保すれば、良好な睡眠につながることが十分期待できます。
ではなぜメラトニンは光刺激を受けてから15時間後にしか分泌されないのでしょうか?
それは3つのステップを経て時間をかけて作られるからです。
まず食物から得られたタンパク質が分解されて、トリプトファンというアミノ酸が生じます。
次にトリプトファンから幸せホルモンとも呼ばれるセロトニンが作られます。
うつ病ではセロトニンが低下しているので、朝日を十分に浴びることが治療の一助となります。
最後にセロトニンからメラトニンが作られるので、ここまで15時間かかるわけです。
メラトニンの原料となるトリプトファンは必須アミノ酸の一つです。
必須アミノ酸は体内で合成することができないので、食物としてたんぱく質から摂取する必要があります。
摂取されたトリプトファンは、一部が脳内に輸送され脳内セロトニンの濃度が上昇します。
トリプトファンが脳内に効率よく輸送されるのに重要なのが持続性運動です。
また、セロトニンの合成には太陽光とビタミンB6が大切です。
要約すると、私たちにとって大切なことは
① 朝日を浴びる
② たんぱく質と炭水化物を含む朝食を食べる
③ 持続運動(10-30分程度の有酸素運動)
朝日を浴びることとたんぱく質の必要性についてはすでに説明しました。
では炭水化物と持続運動はなぜ必要なのでしょうか?
光は目から刺激が入り脳に伝わり、中枢時計(メインスイッチ)の時刻合わせが完了します。
一方朝食を摂取するとそれが刺激となって、それぞれの内臓の時計合わせが完了します。
その際の鍵となるのが炭水化物なのです。
炭水化物を摂取して血糖を上昇させることにより、血糖降下ホルモンのインスリンが分泌され全身に行き渡ります。
これが合図となって体内の各臓器の時計合わせがなされます。
肝臓、腎臓、腸などの各臓器はそれぞれ固有の時計(末梢時計)を持ってそれに従って動いています。
そして散歩などの運動をすれば、これが合図となって筋肉の時計合わせも完了します。
こうして脳、内臓、筋肉の3つの時計がそろうと、全身が活動時間帯であると認識し、基礎代謝が高まり、そして身体と頭脳のパフォーマンスが上がります。
つまり、やせ体質を手に入れるには朝食を食べればよいのです!
とはいうものの朝は欠食、あるいは食べたとしても「パンとコーヒー」あるいは「おにぎり1個」といったひとが多いのではないでしょうか?
これではたんぱく質やビタミン・ミネラルが不足して、幸せホルモンも睡眠ホルモンも十分合成されず、基礎代謝も低下したままです。
単にダイエットは食べる量を減らす、運動を増やすなどとワンフレーズで語られるものではありません。
睡眠、食事、運動とそれぞれの時間帯を含めて「生活を整える」ことが必要です。