「運動しなくちゃと思ってるんですよ、でも私、からだが重たいからしたくないんです。」
肥満外来に受診される患者さんは、一様にこんなふうにお話されます。
でも本当でしょうか?
本当にからだが重たいから運動したくないのでしょうか?
今日の様々な研究から、この考えを検証してみましょう。
盛んに運動するマウスに動物性脂肪を過剰に摂取させるという研究が米国で行われました。
すると翌日からマウスの活動量・運動時間・移動速度が著明に減少することが確認されたのです。
つまり運動嫌いは体重増加が原因ではなく、高脂肪食の結果だったのです。
ヒトにおいても脳のMRIを用いた興味深い実験が報告されました(William ES et al Neuro Report 24: 962 2013)。
普段から運動している人、運動していない人など様々な人に、高カロリー・高脂肪食を見せた時、脳の食欲制御領域がどのような反応を示すかを調べました。
すると運動しない人ほど高カロリー・高脂肪食に対する神経反応が増加し、運動する人ほど反応は低下したという結果でした。
さらに琉球大学の益崎教授らは動物脂肪を食べすぎると、
① 脳の視床下部の細胞に炎症やストレスをおきる
② 中脳を中心とした報酬系の遺伝子スイッチに異常をきたしてドーパミンホルモンの受け皿が減少する
これらが起きて脳が機能不全に陥ることを解明しました。
この結果さらに動物性脂肪に対する嗜好性・依存性が高まってしまうという悪循環が生じます。
では高カロリー・高脂肪食で運動する気がなくなるのはなぜでしょうか?
この問いを考える時、先日観たドキュメンタリー映画「北極のナヌー」を思い出しました。
かわいい白くまの子どもナヌーは、地球温暖化による環境変化が原因で次第に生活の場となる氷が溶けてなくなるにつれ、餌となる獲物が手に入りにくくなってしまいます。
腹をすかせたナヌーは餌を得るため遠くの氷河まで泳いだり、危険を犯して自分より大きいセイウチに戦いを挑んだりします。
そうです、野生動物は空腹・飢餓時こそ食物を求めて動き回らなければならないのです。
空腹・飢餓時には血液中のレプチンが減少し、摂食意欲や渇望感が高まります。
レプチンは脂肪細胞で特異的に産生、分泌された後、血液を通じて脳の食欲中枢に作用して食欲を抑制する生理活性物質です。
このためたっぷりカロリーをとって脂肪が蓄えられている肥満・糖尿病状態のときには、レプチンの情報をもとに脳は「もう動き回る必要はないよ」とサインを出すのです。
さらに動物性脂肪・高カロリーを取り続けると、脳の機能不全(炎症)や遺伝子スイッチ異常が生じてしまいます。
このような状態から脱することはできないのでしょうか?
ご安心ください。
障害された脳や遺伝子を正常化する方法がひとつあります。
それは運動です。
マウスの実験では高脂肪食を食べている期間であっても、強制的に運動させると炎症が軽減するという結果が出ています。
運動を習慣化することで、視床下部(脳)の炎症は劇的に改善することができるのです。
運動が遺伝子スイッチの異常を正すことも前々回の「精子トレーニング」でお話したとおりです。
ダイエットするときなぜ運動したほうがいいのご理解いただけたでしょうか?
実は運動で消費するカロリーは思っているほどではなく、多くの減量は期待できません。
それでも運動がとても大切な理由は、脳の機能不全や遺伝子スイッチ異常から回復してダイエットする気持ちを強くさせることと痩せ体質をもたらしてくれることにあります。