「お腹が空いた、腹ペコだ!」
「お腹いっぱい、はち切れそう!」
わたしたちの祖先が狩猟採集民であった時代には、痩せすぎも太り過ぎもせすぎも淘汰されて生き延びることが困難でした。
痩せていれば食料が手に入りにくくなると真っ先に餓死し、太りすぎていれば敵に襲われた時逃げ遅れ、獲物を追いかける時逃げられてしまうからです。
ちょうどよい体重を維持して健康を保つこと、つまりカロリー(エネルギー)バランスと栄養(炭水化物、脂質、タンパク質、ビタミン、ミネラル)バランスを保つことが生命維持に必須なのです。
あなたが夕食を食べずに翌日まで過ごして、そのまま何も食べないでいるとどうなるでしょう?
空腹に耐えられずエネルギー不足でその日のパフォーマンスがおち、栄養不足で体調不良になってしまいます。
このような体のいつもの調子、つまり生きるための恒常性を保つための食欲は、恒常性食欲とよばれ、その司令塔は脳の視床下部というところにあります。
別名摂食中枢、満腹中枢などとも呼ばれます。
恒常性食欲は栄養素のうち特にエネルギーに直結する炭水化物に対する嗜好性を高める方向に働いています。
そのために2つの脳の経路が発達しました。
一つは単純糖質の摂取を脳に伝える経路、もうひとつは絶食時の血中ケトン濃度の上昇に反応して起こる炭水化物嗜好性亢進の経路です。
ざっくりわかりやすくいうと、
① 甘いものが大好き♥
② (長時間絶食すると)炭水化物(ごはん、麺類、イモ類)が食べたくなる
誰もがスイーツが大好きで、糖質制限ダイエットを長期間継続するのがむずかしいのは、こうしたわたしたちの本来の脳の働きによるところが大きいからです。
一方食欲を調節するもうひとつの脳が私たちに備わっています。
それは脳内報酬系と呼ばれ、以前お話した「ケーキは別腹の正体」がこれで、満腹にも関わらず食べたくなる脳です。
食べるという行動はただ空腹を満たすだけでなく、私たちに心地よい感情変化、すなわち快情動・・・幸福感をもたらしてくれます。
ところがこの報酬系食欲はちょっと厄介なところもあるのです。
スゥエーデンの精神科医でありベストセラー作家のアンデシュ・ハンセンは『ストレス脳(新潮新書, 久山葉子 訳)』の中で次のように述べています。
「(狩猟採集時代、わたしたちの祖先のエヴァが)木に登ってバナナを何本か手に入れたとしよう。満足げに地面に座り込み、バナナを食べ始める。しかしそのあと、どのくらい満足したままでいられるだろうか。たいして長くはないだろう。一度木に登ったくらいで何カ月も満足なままだったら、新しい食べ物を探すモチベーションが湧いてこない。そんなことでは早々に飢え死にしてしまう。つまり幸福感というのは消えてしかるべきなのだ。」
このように報酬系食欲から得られる幸福感は長くは続かないことを、わたしたちは経験的によく知っています。
「もっと食べたい」「何度でも食べたい」
つまり、食い意地がはっている!
そしてこの「食い意地」=「報酬系食欲」こそが肥満の元凶なのです。
報酬系食欲を満たすと快感が得られるのは人に限ったことではありません。
ネズミを使って次のような実験が行われました。
【ネズミの報酬系脳に電極を埋め込み、それを前脚で押せるようにレバーにつなぐ。ネズミがレバーを自ら押すと、電流が流れ快感が得られる。】
ネズミは何回レバーを押したでしょうか?
なんと寝食を忘れ餓死寸前までレバーを押し続けたということです。
それほどまでに快感は生き物を支配しているのです。
では、この報酬系食欲が抑えるような薬があったら痩せられるのではないか?
実は、かつて欧米で報酬系を抑制する薬が開発され実際に使用されたことがあります。
しかしその薬は、「自殺企図」などの副作用のため使用禁止になりました。
確かに報酬系を抑制して食欲が低下したのですが、やる気、喜び、悲しみ、幸福感、怒り、恋愛感情なども同時に消え失せてしまったのです。
ダイエットにいつも失敗するあなた!
痩せられないのは「意思が弱いから」だけではないのです!